羽生結弦選手11年目の被災地への想いとウクライナの子供たち

東日本大震災から11年目を迎えた今年の3.11。

羽生結弦選手について

日テレ系「news every.」は

やっぱり放送してくれました!


前日の10日に

地元仙台市のミヤギテレビでは

「OH!バンデス」にて羽生結弦選手について

すでに放送したみたいでしたが。


きっと「every.」でも

絶対やってくれるであろうと信じて

ずっとずっと、ひたすら待ちました!


やっとやっと「every.」で流れたのは

18:37頃から。

今回は遅い時間での放送でしたね。


しか~し!

なんとネットでは、関西方面の感じでしたが

地域によって壁があったそうで

なんてこったー



多分「OH!バンデス」と

内容はまったく一緒かもしれませんが。


今回、羽生結弦選手はコメントを寄せ

それをナレーションで読み上げ

過去のものや北京オリンピックを中心に

映像は流れました。


だから羽生結弦選手のによる

最近の映像があったわけではありませんが

それでも「every.」はたっぷり流してくれたので

見応えのある内容でしたね~



「11年がたった今の世界で

命の意味と尊さを考えています。

あらためて、今までの11年間

何ができてきたのだろうかと考えています」


「本当は、金メダルをまた持ち帰ってこられるように

と努力を重ねてきました。

皆さんにお見せできるように

と思って頑張ってきました」


「僕は挑戦することをやめず、前へ進み続けましたが

成功するところまでいくことはできませんでした」


「悔しい、苦しい気持ちもありますが

そんな姿からでも、皆さんの中で何か意味のあるものに

なれているのであれば、本当に幸せだなと思っています」


「前へ進み続けることは大変なことであり

報われないこともある。

それは、震災のことでも同じことがあると感じています」


「苦しくて、楽しくて、悲しくて。

そんな皆さんの日々の中でも、応援してくださり

本当にありがとうございます」

「僕も、これからもずっと、応援させてください」

さらにノーカット! こちら記事



羽生結弦選手の言葉に

もうボロボロ涙がこぼれるほど

泣けてきてしまいました。


しかも、羽生結弦選手のコーナーを待つ間

ずっと「every.」をみてましたが。


昨日はただでさえ

11年目を迎えたことで、震災のことをやったり

あとウクライナ侵攻についても流れ

それら一気にこみ上げるものがありました。


ウクライナから脱出した子供たち

だいたい母親と共に移動する家族ばかりでしたが

父親をウクライナに残して

どんなに切ない想いであろうかと…


祖国ウクライナに残る父親たちは

生きて再び家族に会える保証は

何もないわけで

どんなに子供たちと離れるのがツラかったでしょう…



そして、羽生結弦選手は震災当時

すでに将来を期待される存在でしたから

被災地を離れて練習場所を用意されます。


しかし、震災という現実から

自分だけがスケートをやることで

逃れられることへ負い目を抱き

ひとりで心を傷めます…


その羽生結弦選手の心情を想うと切なく

そして、ウクライナに父親を残して

外国へ避難する子供たちの姿が重なり

ちょっと今でも胸がギュッとします。


羽生結弦選手は何も申し訳ないと

感じる必要なんてないのに…

そんな風に感じてしまう

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とても感受性の強い繊細な人間性です。


北京オリンピックでも

どんなに金メダルを持ち帰りたかったか

どんなに被災地のみんなに見せたかったか

4回転アクセルを成功させたかったか

その努力を惜しまなかったのが伝わります…



そして、被災地のみなさんを

羽生結弦選手自身が応援しているから

自分が応援されている意味を

とっても深く深く理解しています。


羽生結弦選手が果敢に4Aへ挑んだ

悔しくて、苦しい姿は

被災地のみなさんにとって

いろんな意味のあるものになってるはず!


北京では報われなかったと感じたかもしれないけど

羽生結弦選手の挑む姿は

また復興へ向かって歩き出す力として

きっと役に立っていると思うな~


多分、羽生結弦選手が思う以上に

羽生結弦選手の演技が与える力とは大きなもので

心に響くものは絶大に感じられます。


羽生結弦選手があんなにも頑張ってんだから

自分もまた頑張ろうっていう気持ちに

いつも自然とさせられますからね~

そういう人が世界中にたくさんいると思うな!



それから今回初めて知りましたが

日刊スポーツの木下淳さんって

日刊スポーツの中では、羽生結弦選手について

誠実に伝えてくれる印象があったけど。


2011年には東北総局に赴任してたそうで

当時、仙台市内に住んでいた奥様は

「3.11」を迎えるたびに

「避難所生活を鮮明に思い出す」と。


さらに地震発生後に

青森、岩手、宮城、福島の沿岸部の市町村を

ほぼ取材してきたそうです。


だから東日本大震災のことや

同じように被災した羽生結弦選手について

きっと強い思い入れがある理由でしょうね…


メディアでも、そういう人たちから大事にされ

羽生結弦選手のことを報じてくれるのであれば

どこか安心感があります。

参考にしました詳細記事こちら!


まだまだ復興までに道は半ばではありますが

羽生結弦選手のことを応援することは

少しでも被災地の力になれるような気がしますね…

羽生結弦選手の正当な評価たまにはスケ連まともな発言!



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